とある小さな村を訪れました。
トンネル抜けて
北アルプスへ向かう馴染みのある山道を、途中で脇に入る。
せまく薄暗いトンネルは、まるで別世界への秘密の入り口。
トンネルの向こうには「秘境」が広がってるに違いない!
心地よい胸騒ぎがするぜ。
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トンネルを抜けると、そこはまるで遠い昔の日本の世界。もしくは雲南省かラオスか、どこかアジアンなゆるい空気。
「見つけたぜ〜!」 思わず顔がニヤニヤしてしまう。
下界(みんなの暮らす街)からほとんど見る事のできない北アルプスの奥穂高と前穂高が、この村からだとよく見える。まるで北アルプスの内ポケット。こないだ行った大東島が絶海の孤島なら、ここは陸の孤島だ。
ムネオ
ムネオは八年前に槍ヶ岳で共に働いた親友。
この村には、そのムネオが住んでいる。
子供ができた事をきっかけに、一年前に家族と共に移ってきたのだ。
忘れ去られたような集落に突然やってきた若い家族。近所の人たちも嬉しいみたいで、しょっちゅう野菜やら薪ストーブ用の木材やら差し入れしてくれてた。
ムネオは木こりで生計を立てているので毎日朝早くから森に入る。
その間、おれは薪割りをしたり、風呂場に蛇口を付けて沢の水を引いたり、宿代の代わりにおれにできる事を手伝った。
機材も持ってきてたので自分の編集作業もしながら、数日間村に滞在しました。
寄り合い
滞在中、村人たちで集落を掃除する日があったので、「おれもやりたい!」と言って参加しました。
掃除は一時間ほどで終わり、そのあとの寄り合いの方がむしろメインだった。
昼過ぎからみんな飲み始める。
ビールに日本酒、おばあちゃんの漬け物うまい〜!
そして、いつの間にか“競り”が始まっていた。
「はい、一万円から!」
「よし、一万五千!」
「二万!」
「山を売ってるみたいですね」
とムネオ。
この辺りでは山を「所有する」っていう概念はないらしく、「売る」と言っても、山の資源を「期間限定で」自由に使うだけ。今回の競りでは4年間その山を自由に使っていいそうだ。
「三万五千円!」
「よし、もっと飲め!」
「四万!」
「まだ飲め!」
競りが始まると、売りに出してるおじさんはみんなに酒を飲ませまくってて、おもしろかった。
酔った勢いで、普通に買うより高い値がつく事もあるそうだ。
「五万二千円!」
最初遠慮してたムネオがついに競りにのった。
「おれ、山買っちゃった」
うちに戻るなり、ムネオは恐る恐る奥さんに打ち明けた。
「でかした!」 と奥さん。
いい夫婦だ。
そしてジャムセッション
今回、ムネオの家には数人の仲間が集まり、ミュージシャンもいた。
もちろん始まるジャムセッション!
今回はコンピューターを扱うメンバーがいて、その場で演奏している音をサンプリングし、逆再生したりして世界を広げていく。その音にさらに演奏を重ね、音のコラージュがどんどん広がっていく。
秘境の村でテクノロジーを駆使したディープなセッションが繰り広げられました。
さらに15年前にこの村に移ってきたプロギタリストのS氏のお宅にもお邪魔した。
S氏は元々ツアーの合間にこの村を訪れ、気に入って引っ越してきたという。
「まぁ今夜はアンプラグドで軽く遊ぼうよ」
と言っていたS氏だったけど、おれたちがドラムやベースで音を出し始めるとエレキギターを持ち出し、いつの間にか白熱のセッションになっていた!
氏の超絶なギターテクニックは勿論すごいけど、一緒に音を出しているうちにテクニックは消え、ただ洪水のようなエネルギーだけが入ってくる。
テクニックはテクニックのためにあるんじゃなくて、「昇るため」にあるんだ。
おれも一緒にどんどん高みに連れてってもらい、ホントーに気持ちのいいセッションになった。
「バンド結成だ!」ベテランのS氏が本気で言った。
「ただし練習は一切なしね、ぶっつけ本番だけ。ライブのときには駆けつけてくれ」
S氏となら、そういうスタイルでステージができそうだし、まだいったことのない高みまで昇れる化学反応が生まれそう!
北アルプスの内ポケットにはトンデモない人たちが潜んでました。
S氏の家でセッションするムネオ一家。
1歳にしてドラムを叩く隠ちゃん。将来が楽しみだ!
もう一人槍ヶ岳で出会った大切な仲間、シッシーも松本から駆けつけてくれた。
初めて槍で出会った14年前、シッシーはまだ18歳だった。
8年前、ムネオは21歳。
今では二人とも立派な父親。
そして未だにふらふらしてるオレ‥
とにかくこうして歳月を経てまた会えるのはホントに嬉しい。
冬の訪れ
村を発つ日、雪が積もった。
集落はこれから長く厳しい冬が始まろうとしていた。
「ここを色んな人が立ち寄れる場所にしたい」
ムネオはこの村に新しい風を吹かせようとしていた。
おれも共感し “ムネオハウス” の広い裏庭に、旅人たちが滞在できるような囲炉裏小屋を建てる計画を提案して、本人たち以上に夢中になった。
そんな夢を描ける場所にムネオたちは住んでいる。
寒空の下、ムネオハウスでは今夜も温かい薪ストーブの部屋でやんちゃな二人の息子たちの声が響いてるはず。